しがぎん経済文化センター

[25-10]音楽への招待席』~天才たちの奇蹟にせまる2時間! 講師 響 敏也 先生

第1回「モーツァルトは本当に“アマデウス”(神様に祝福された命)だったのか?」

響 敏也

4月からはじまる【KEIBUN文化講座】の新講座「『音楽への招待席』~天才たちの奇蹟にせまる2時間!」で、講師を務めていただく響 敏也(ひびき・としや)先生に、今日はいろいろとお話を伺いたいと思います。先生、よろしくお願いいたします。


こちらこそよろしくお願いいたします。


早速ですが、今回の講座でモーツァルトを取り上げようと思われたのはなぜでしょうか?


モーツァルトが、一番「天才」らしいイメージで、取っ付きやすいんですよね。音楽室の壁に貼ってある音楽家というのはみんな天才には違いないんですけど、モーツァルトは“瞬間にひらめく天才”なんです。


“瞬間にひらめく天才”とは?


モーツァルトがお父さんに書いた手紙に「音楽の構想は一瞬にして湧きあがります」と書いているんですよ。自分の父親に書いているわけですから、うそ偽りを書くわけはない。別に自慢するわけじゃないですからね。どんなに長い曲でも、一番初めの音符から一番最後の音符まで一瞬にして出てくるというのです。例えば3時間ぐらいある長い曲だと、単行本1冊分ぐらいの活字と同じ音符を書くことになります。 夏目漱石でいうと、「吾輩は猫である」から始まって最後「南無阿弥陀仏」というところまで一瞬にして浮かぶんです。それがどういう瞬間なのか、我々凡人には分かりませんが、モーツァルトはそういうタイプの天才ですね。


それは、ものすごい才能の持ち主ですね


。モーツァルトが譜面に向かって書いている時には、すでに頭の中に楽譜は出来上がっているわけです。お父さんの手紙に書いているのは「一瞬にして全部の音符が浮かんで、楽譜は出来上がっているのに、人に分かってもらうために書かないとだめだ。書くのが非常に退屈な作業だ」と言っています。とんでもない才能です。ただ、そういう天才は、本当に幸せだったのか・・・


幸せとは限らないと?


モーツァルトには“アマデウス”というミドルネームがあって、「神様に祝福された命」という意味があるんです。すべてのものを与えられて生まれてきたという意味なんですが、本当にそうだろうか。音楽の才能には恵まれていただろうけど、生きるのがすごく下手だったんですね。非常に苦労しているわけです。あんまり幸せな人生じゃなかったと思う。最後、借金だらけで死んじゃっていますからね。神様に全部もらってきたかというと、それはちょっと疑問ですよね。


そうですね。


例えば、みんな「うちの子、天才」って言うじゃないですか。それでぬか喜びしているんだけど、天才という人生を背負わされた子どもが、本当に幸せだったのかどうか。“うちの子、天才”だなんて思わないほうがいいですよ、という話をしようかと思って(笑)。

それに、天才というのは1世紀に1人でるか、でないかみたいなもの。だからあの当時のウィーンは特殊な街だったんですね。ハイドンもベートーヴェンもモーツァルトも一緒にいた時代があったわけですから。そんなに天才がいるわけはないのに、あそこに集まっていたというのは不思議なことですね。


ところで、先生ご自身が一番好きな作曲家は誰ですか?


好き嫌いは別にして、別格なのはやっぱりベートーヴェンですね。ちょうど多感な年頃にベートーヴェンに出会って、人生変わってしまったというところがあります。ベートーヴェンに出会ってなかったら、たぶん今の自分でなくて、全然違う自分になっていたと思うんですよ。


どのくらい影響を受けられたんですか?


自分の人生を作ってくれたとか、救ってくれたとか、そういう人ですね、僕には。


救ってくれたというのは?


誰にでもあるでしょうけど、思春期から大人になる入れ替わりの時期、精神的に不安定になる時期があるでしょ。世の中まったく分からなくなったみたいな。例えば「1+1が、なぜ2なの?」みたいな答えのないようなことに悩む時期があって。それが、ある日ベートーヴェンの「運命」を聴いたら瞬間で治ったんですよ。


えっ!瞬間にですか?


2年ぐらい悩んでいたのに。それまで音楽というのは、ただ綺麗なものとか楽しいものぐらいにしか思わなかったんだけれども、人間をこう引っ張り上げられるような力があるんだと思いました。


音楽の力ってすごいですね。それまでにも、聴いてはいらっしゃったんでしょう?


ええ、聴いてはいたんですけれども、聴き方の姿勢が違った。単にいい音楽だと聴いているんじゃなくて、音楽にきちんと向き合って聴いたんです。BGMみたいに、ただ台所で何かしながら聴くのではなくて、スピーカーの前にちゃんと座って聴く。そういう聴き方が身体にはいいんだそうです。音楽って、科学的にも証明されているそうですけど、身体に気持ちいいホルモンが分泌されて、老けないんですって。音楽家ってだいたい若く見える人が多いじゃないですか。あれは、演奏したり歌ったりして、音楽に向き合っているからなんです。別に音楽家や演奏家でなくても音楽にまともに向き合って聴いたら、それとほぼ似た効果があるんですって。


じゃあ、先生の講座を受けると老けないんでしょうか?(笑)


あぁ、老けないと思いますよ(笑)。クラシックに興味がなくても、老けたくないなと思ったら受講してください(笑)。


向き合って聴くとなると、なんらかの“手がかり”みたいなものが必要ではないですか?


そうですね。だから講座では、地図の代わりをさせていただければと思っています。ちょっとしたヒントがあれば、あとはご自分のイマジネーションで自由にお聴きになれると思いますよ。なるべくたくさんお話をしたい。

まぁ余談のほうが多いかも(笑)。


クラシックマニアでなくても大丈夫ですか?


マニアの皆さんは、ほっておいてもどんどん自分で掘り進んでいく方ですからね。そうじゃなくて、クラシック音楽の入り口で入ってみようかどうか、あと一歩踏み出せない方というのは、クラシックに出合ってみたほうが間違いなく幸福になれますよ。例えば若い時に聴いていたロックとか、懐かしくて聴くことはあるでしょうけれども、あまり生涯の友達になってくれないんですよね。


やっぱり年齢を重ねると・・・


年金をもらおうかという時に「ロックだぜ」とか言って聴く人はあんまりいないわけですよ。生き残りで少しはいるでしょうけれども。クラシックというのは、若い時に好きになっても、60、70歳で好きになっても、生涯ずっと友達でいてくれる音楽なんですよね。だから生涯の友達を見つけていただきたいという気持ちもあるんですよ。マニアになる必要はないし、友達1人増えたよ、みたいな感じで。


そうですね。では気楽な感じで、友達1人増えるぐらいの気持ちで先生の講座に行けばいいんですね。


ええ、理屈は言わないで。


 


第2回「モーツアルトは”ウケ狙いの子ども”だった?」

講座の中では、モーツァルトの知られざる一面みたいなお話もあるんですか?


やっぱり人間的な部分に興味があるじゃないですか。モーツァルトってどんな人だったのかを、いろいろな角度からみていくと、だんだん像が焦点を結んで浮かび上がってくると思うんですよね。あぁ、モーツァルトってこんな人だったんだってね。それもまた、モーツァルトと友達になれるような感じですよね。


知ることで、親しみをもてますね。


モーツァルトでもハイドンでもベートーヴェンでも、不思議なことにああいう人の音楽を聴いていると、何回か聴いていくうちに、あっ、この人はこういう人なんだ、と分かる瞬間があるんですよ。私がこう喋ったら、向こうはこう返す。自分と作曲家が本当に会話しているみたいな瞬間。それからあとはもうこっちのものですよね。いつ聴いても自分と会話してくれますからね。


そういうふうに、こちらからの問いかけにも答えてくれるクラシックって、奥が深いですね。


数百年生き残ってきている芸というのはすごいと思いますよ。


やっぱり、ロックとか若い音楽は・・・。


いや、僕はロックもジャズも浪花節も全部好きなんですけれども。


すごい!(笑)浪花節も。


分野でこれが良い、悪いじゃなくて個々の作品が良い悪いで、良いものは絶対残ってきますよね。


そうですね。今私たちが聴いているのは、その長い時間を経て残ってきたものなのですね。


古典というのはみんなそうですよね。ロックもクラシックも、それから浪曲だって、落語だって古典だし、歌舞伎もそうですし。古典というのはフィルターを通して最後に残ってきたものですよね。だからどこか、ものすごい力を持っています。僕ら音楽関係の仕事をしている者の義務として、今できてきた音楽、昨日できた音楽をどんなふうに評価して、次の世代に伝えていくか、この方向はよくないぜ、みたいなことを言うのが、批評や評論の仕事ですよね。


なんの評価もないと、素人では分からないですよね。


いえ、直感もまた大事なんですよ。なんの知識もなくて、直感でこんなの嫌いだというのもすごく大事だと思うんです。嫌いだとおっしゃいますが、実はこの作品はこうなんですよ、こういう所がひょっとして将来残るかもしれないですよ、みたいな余計なひと言をいうのが、僕らみたいな評論家の仕事(笑)。基本的には評論の仕事は嫌いなんですよ(笑)。


そうなんですか?


やりがいのある仕事なんですけれども、好きなのはやっぱり、人のしたことをあれこれ講釈たれるんじゃなくて、自分で脚本を書いたり作詞をしたりするのが一番好きですね。それに、僕は優秀な批評家ではないんです。心情的に現場の人寄りですからね。だから、まったくクールに割り切って考えることができない。ああなったのは、こういう理由があったからだろうと理解できるので。でも、それが良いのか悪いのか。まったく知らなくて、一刀両断に斬るほうがいいこともありますしね。


人情もなしに?


それそれ、僕、情に絡むほうなんです(笑)。


では、モーツァルトをはじめ、音楽史に出てくる有名な音楽家たちにも感情移入されることもあるのですか?


資料を読み解いて、非常にクールな判断で、この人はこうだと分析していくのではなくて、そうだろうなぁ、ここは俺だってそうするなみたいな。作曲家のある時点のデータを集めて、再構成して小説みたいにするのがすごく好きなんですよ。ベートーヴェンが「第九」を書いた前後の話を短編に書いてみたりとか。


ノンフィクションでないほうが、かえって本物っぽくなることは確かにありますよね。


そうですね。事実は事実として伝えますけれども、その間をつないでいくところが必要です。歴史家からいうと、いろいろ批判はあるんですけれども、それをある程度、脚色するということです。司馬遼太郎さんの小説ってそうでしょ。「坂の上の雲」とか。事実を全部データとして出してきて、その間は司馬さんの自由なイマジネーションでストーリー化されている。それは学者からいうと、こんなのは「司馬史観」だって攻撃されているんですけれども、でも嘘は言っていないわけですよね。実際の資料はきちんと並べてあるわけですから。


事実だけだと、無味乾燥というか。でも、ある程度、脚色されているとストーリーにも面白さがでてきますよね。


司馬さんの場合は、資料をきちんと読み込んだうえで、絶対これが真実だと、司馬さんは信じて書いているわけですよね。そこまで大そうな話じゃないけれど、僕もモーツァルトとかベートーヴェンの資料を読むと、絶対こうだったんだろうなという、自分の心情的な思い入れが出てくるんです。だから学問としてお話するのではなくて、語り手、語り として、作曲家の人間像や、人生を再創造してお話したいと思っています。


受講前ですが、モーツァルトの意外なエピソードを少しお話いただけませんか?


意外なことだらけなんですけど(笑)。モーツァルトは身長150㎝なかったんですよ。日本は江戸時代ですけど、当時の日本で考えても小柄な人だったと思いますね。その理由のひとつは、8~9歳で世界旅行に出ているからです。お父さんはザルツブルクの小さい町の音楽家だったので、息子がこれだけの天才だったらヨーロッパ中のいい宮廷を訪ねて、いい就職先を見つけてやろうと、まぁ親心ですよね。大体計算すると20歳になるまでに人生の3分の1は旅空で暮らしているんですよ。


子どもの時からずいぶん旅をしていたのですね。


かわいそうなのは、当時は衛生事情が悪いわけです。だから、馬車の上で寝たりしているわけです。成長できなくて、身長は150㎝ぐらいだったようです。世界旅行に出ているため、同世代の子どもと一緒に育っていなかったんですよ。それはすごく精神的に問題があって。モーツァルトの場合は大人の社会に連れていかれて「この子はこんなことできますよ。こんな天才なんですよ」って。そうすると、モーツァルトが子ども時代にもっとも気にしていたことは、今自分がみんなにウケているかということ。よく、小面憎い子役がいるでしょ?こましゃくれて。大人ウケすることばっかり考えていて、ちっとも子どもらしくない。ああいう感じの子どもだったと思いますよ。だから、初対面の人に紹介された時に、モーツァルトがふた言目に言ったのは「あなた僕のこと好きですか?」って。会ってすぐ、好きも嫌いもないだろうという感じなんだけれども、彼にとったら、それはすごく大事なんです。聞かれたほうはどう答えたらいいか分からないわけですが、モーツァルトはずっとそんなことを言っていた。初めての人でも、とりあえず今、周りの人にウケてるかどうかというのはすごく大事だったんですね。そういう育ち方をしてしまったから、性格的にもちょっと な人だった。


のびのびと過ごしている時間がなくて、あまり子どもらしい楽しみがないまま大人の中に放り込まれてしまったのですね。常に人を喜ばせなければいけないと思っていたのかもしれませんね。


そうそう、そういう義務感もあったと思いますよ。


 


第3回「生の演奏は命の大切さを教えてくれる」

響 敏也

先生は、色々な文献を読んだりされているのですね。


歌の台本や原稿を書く時にしょうがないから調べるという感じで(笑)。見ていくと、あっそうなのか、こんなことがあったのか、じゃあこれはこんなふうな見方ができるなというのが好きで、資料を調べるのはあまり好きじゃないです。


資料を調べることで、違う見方もできるわけですね。


モーツァルトのオペラを見れば、モーツァルトが全部分かるんですよ。モーツァルトは自分が一番やりたい仕事はオペラだと思っていた人なんです。なぜオペラなのかというお話をしたい。モーツァルトは、長い交響曲でも一瞬で音符が全部浮かぶのに、その天才が一瞬で描けないのがオペラなんですよ。なぜかというと、人の台本を読まなきゃならないでしょ。そうすると、オペラのなかで「私はあなたが好きです」と誰かが言っているとする。「私はあなたが好きです」か、それじゃあどういう譜面にしようかなと、それを読む時間が必要なわけですよ。一瞬で交響曲1曲浮かぶ人が、時間をかけて作ったらどんなものになるのか。目もくらむようなものになるわけですね。モーツァルトは生涯かけて、オペラを作りたかった人なんです。オペラの中に、モーツァルトの良いところは全部あるんですよ。


そのあたりのモーツァルトのオペラの魅力もぜひ講座のなかで伺いたいですね。


それと、結婚や親子関係を考えると、モーツァルトは父親の意に反して結婚しているんですよね。


それも、あまりいいほうには作用しなかったのでしょうか?


そうですね。それとまぁ、生涯父親の影に えて暮らしていた人ですし。父親が子離れが下手だったんです。教育パパだったのでしょうね。


だから、なかなかモーツァルトは独立できなかったのでしょうか?


そうですね。でも、25~26歳で初めて父親に逆らうんですよ。結婚をして、故郷を捨てて。そういう育ち方をしたら、どういう男になるかという典型が、ひとつモーツァルトだったと思います。ひどい言い方をしたら、あの人は音楽の才能を授からなかったら、とんでもない人生だったと思います。


そのアンバランスさがすごい。人間的にはちょっとダメだけれども、天才音楽家ですね。


モーツァルトは、天使みたいな部分と悪魔みたいな部分があって、賭け事が好きだったんです。最後モーツァルトは借金だらけで死んだというんだけど、別に稼ぎが悪かったわけじゃなかったんですよ。当時のわりと裕福な人たちが生活する収入の倍はあったというんです。だけど、夫婦揃って金遣いが荒い。奥さんは外出好きで、しょっちゅう温泉巡り。モーツァルトは賭け事好きで、莫大な金を賭けているんですよ。晩年はその借金で、楽譜を書くより借金の手紙を書いているほうが多いぐらいだったようです。けれど、モーツァルトが一番最後に書いた第39・40・41番の交響曲は、どこからも注文された形跡がないんですよ。お金がないから自分で書きたい曲を書いてる場合じゃなかったのに。交響曲は一番売れないジャンルなんですね。それを書いたのは、なぜなのか。人生の最後になって一番書きたいものを書いたんじゃないか。一番最後の第41番の交響曲の最終楽章に出てくるテーマは、彼が8つか9つの時に書いた第1番の交響曲に出てくるテーマとまったく一緒なんです。


へぇ~(驚)。


人生の始まりと最後で、同じテーマを使って書いているというのは、見方によったら、8つか9つの時から全然成長してないということになる(笑)。逆にいえば、8つか9つの時にもう完成された才能だったということになるのかもしれない。でもまぁ、人類史のひとつの奇跡ですよね、ああいう天才というのは。いずれベートーヴェンのお話もすると思うんですけど、どっちも天才なんだけど、タイプが違う天才なんですね。ベートーヴェンというのは、「第九」を32年間かけて書いているんですよ。


32年間も!そんなにかかって。


その間、ほとんど毎日のように手帳にシラーの詩を書いて、「いや、これじゃない」と自己否定を繰り返す人なんですよね。日本刀を鍛え上げていくみたいに、不純物を全部取っていって、最後に残るものが名刀に仕上がるような作り方をするのがベートーヴェン。モーツァルトの場合は、「あっ、出来た」って人なんですね。どちらも人間の精神の天才だと思いますけどね。そのあたりの違いも作品に表れてきてますし。聴いていても、そうかということがいっぱいあるんです。


対比させると面白そうですね。


ベートーヴェンはこだわりの人ですから。ひとつ、こだわるものを見つけたら、一生涯それにこだわっていく人なんですよ。「タタタターン」というのがそうなんですね。あの人の作品は99%「タタタターン」ですよ。パズルみたいに見ていくと、「エリーゼのために」のような可愛い曲にも「タタタターン」がいっぱいあるんですよ。ベートーヴェンが散歩をしていてキアオジという鳥が鳴いたそうなんです。その鳴き声を聴いて、このリズム使えるなと思って、生涯曲に使ったわけです。


そんなことがきっかけだったんですね。


この鳥は偉かったと思いますよ。その時に鳴いてくれなかったら、交響曲は全部なかったかもしれない。


最後に、受講をお考えの皆さまに一言お願いします。


先ほど申しあげたように一生涯変わらない友達というのはなかなか見つけられないけども、クラシック音楽というのは生涯変わらない友達になってくれますので、友達を紹介する斡旋業者として頑張って務めます(笑)。


講座では、DVD映像やCDを交えて授業を進められるのですね?


ええ。ただ、DVDやCDは缶詰とか瓶詰だと思っています。食品でもやっぱり“無添加純正自然食品”というのが一番いいじゃないですか。加工食品は加工食品で便利なんだけれども、無添加純正のものというのは生の演奏会。音楽を生でお聴きいただけるようになるべく機会をつくっていきたいと思います。今度こんな演奏会があるので、今日は演奏曲のお話をして、そのあと生の演奏を聴きに行っていただけるような方向にしたいですし、できれば友達の音楽家を呼んできて特別に演奏してもらうとか、なるべく実現可能にしていきたいと思います。


生の演奏に触れると、やはりCDとは全然違う感動がありますか?


生は圧倒的な力があると思うんですよ。例えば若い子の前で、一人のオペラ歌手が歌ったら、人間の声ってこんなことができるのかという理屈なしの驚きがあると思います。これは僕がいつも思っていることですが、芸術というのは高級だから偉いのではなくて、命の大切さを教えるから偉いんだと思うんですよ。一人のオペラ歌手、一人の作曲家、一人の指揮者が生まれるまでにどれだけの時間がかかるかというと、小さい時から苦労して今日に至るわけです。ベートーヴェンの作品でもそうです。たとえば「第九」は32年間かけて作られたんです。そういう時間をかけた尊さというのが、生で聴くと理屈なしで伝わるわけです。目の前でオペラ歌手に、ものすごい声で歌われたら、そこまでいくには時間がかかるだろうなと理屈なしで分かるわけですよね。そうすると、芸術によって人生の時間の重さとか大切さというのが絶対伝わるわけですよ。人の生きている時間というのはすごいことができるんだな、人生の時間て大事だな。じゃあ自分の人生の時間も大事だし、相手の人生の時間も大事だなと思える。要するにそれは「命を尊ぶ」ことですよね。芸術の値打ちのひとつはそれだと思うんですよ。僕は芸術というのは高級だからとか、理屈じゃなくて命を大事にするから芸術は大事なんだと思っていますから。そういうことも、生で触れていただくことで分かっていただけると思っています。


先生のお話を伺って、4月からの講座が今からとても楽しみです。今日は本当にありがとうございました。


 


講師プロフィール

作家・音楽評論家 響 敏也 (ひびき・としや)

スタジオ・トランペット奏者として活動後、放送作家に。現在は作家・音楽評論家。新聞雑誌に評論、放送や舞台に台本を執筆。「オペらくご」創案と脚本『背広屋の利発な結婚』『ドンならんな』『こしあん取って』など。ヒビキ・トシヤ名で作詞活動。大リーグ松井秀喜公式応援歌『栄光の道』、合唱組曲『サヨナラの星』など。著書『親父の背中にアンコールを 朝比奈隆の素顔の風景』など。

響 敏也

バックナンバー